「ヤクザと在日」の語られざる真実…武闘派の隆盛とバブル紳士の台頭


よく言われるのが、日本社会のアウトサイダーとしての「向こう見ずさ」である。民族差別と貧困の中で「学歴と就職」による成功の道を断たれ、己の度胸と腕力に頼るしかなかった――とする物語だ。

たしかに、現在の老ヤクザたちが若かった頃には、そういった社会的背景があった。そして、在日ヤクザの「向こう見ずさ」の象徴的存在が、約100人の敵陣にわずか8人で殴り込み、「殺しの軍団」の異名を得た柳川組の柳川次郎(梁元鍚)元組長だろう。

しかし、向こう見ずで暴力的なだけでは、ヤクザの世界では必ずしも大きくなれない。

2週間で壊滅

山口組事情通によると、かつてこんなことがあった。

「1981年から翌年にかけて、三代目の田岡一雄組長と山本健一若頭が相次いで病死し、四代目跡目問題が浮上しました。このとき、『朝鮮人が山口組をおかしくしている』という内容の書かれた怪文書が出回わった。最高幹部のある1人を指したものでした」