なぜ北朝鮮への米空母派遣は「インド洋経由」だったか


北朝鮮による挑発行為への対抗措置として、シンガポールから朝鮮半島近海へ派遣されたはずの米原子力空母カールビンソンが、実際は逆方向にあるインド洋での演習に向かっていたことが分かった。だが、それが判明したのは副大統領が日韓訪問を終えた後で、トランプ米大統領の“演出”だった可能性がある。朝鮮総連で活動後フリーライターとして活動、韓国で取材した李策氏に、米国の狙いについて寄稿してもらった。

「トランプ政権は再検討(review)および改定(reform)を推進する」

ペンス米副大統領は4月18日、ソウル市内のホテルで行った演説で米韓自由貿易協定(FTA)についてこう述べ、韓国政府首脳に動揺を与えた。

トランプ米大統領は選挙中から、米国側の貿易赤字増大と雇用の減少を挙げて米韓FTAの再交渉に言及しており、韓国側からすれば遂に「その時」がやってきた形となったからだ。

それでも、ペンス氏は「招かれざる客」であったわけではない。むしろその逆だ。

父親が米陸軍兵士として朝鮮戦争に参戦したというペンス氏は韓国入りの翌日(17日)、まず非武装地帯(DMZ)を訪問。軍事境界線からわずか25mの所にある見張り台に立ち、北方を睨み据えるパフォーマンスを演じるなどして、「同盟国を守る」という米国の強固な意思を示したのだ。

続いて日本を訪問したペンス氏は、安倍晋三首相との会談、麻生太郎副総理兼財務相との日米経済対話で、韓国での行程をなぞるような動きを見せた。北朝鮮に対する圧力強化を強調しつつ、日本との2国間FTAに言及。自動車や農産物で、日本に厳しい要求を行う姿勢を示唆したのだ。

日本や韓国にとって、トランプ政権との貿易交渉はたいへんな負担だ。今後しばらく、内政と外交の両面で最大の課題となる可能性をはらんでいる。

「開戦前夜」の空気さえ漂う中で副大統領の日韓歴訪は演出の効いたもの

だがそれにしては、世論の反応は淡々としている。理由はいくつかあろうが、トランプ政権が今月8日に発した「カールビンソン急派」の報が、人々の目を北朝鮮に釘付けにしたことも一因と言えるだろう。

周知のとおり、米原子力空母カールビンソンを中心とする空母打撃群は、実際には朝鮮半島に「急派」されたわけではなく、インド洋での演習に向かっていた。国防総省とホワイトハウスの間に連絡ミスがあったとされる。そのため、当初の報道では4月中旬にも北朝鮮近海に展開するとされていたが、実際の到着は25日頃になるという。

そのことが判明したのは奇しくも、ペンス氏が韓国と日本での日程を終えたタイミングでのことだ。トランプ政権が狙ってやったとは言い切れないが、「開戦前夜」の空気さえ漂う中での米副大統領の日韓歴訪は、実に“演出”の効いたものだった。

朝鮮半島の軍事的緊張の根本的な原因が、北朝鮮の核・ミサイル開発の暴走にあるのは言うまでもない。だが、少なくとも今回に限っては、「緊張の場面」を作ったのは米国の側だったと言える。

北朝鮮の金正恩労働党委員長は普段、いつ、どこへ行くかを事前に公表しない。しかし北朝鮮の国営メディアは3月22日の時点で、4月11日に最高人民会議(国会)が開かれることを予告していた。この場に、正恩氏が参加しないはずはない。さらに4月15日は、祖父である故金日成主席の生誕105周年で、その記念行事に正恩氏が現れることも容易に想像できた。実際、正恩氏はこの日の軍事パレードに姿を見せたほか、2日前(13日)に行われていた平壌市内のニュータウン「黎明通り」の竣工式にも参加した。

このようなタイミングで、米空母打撃群が北朝鮮近海に展開すると思われていたのである。トランプ政権は、シリアの化学兵器使用疑惑に対して電撃的に「ミサイル懲罰」を行ったくらいだから、北朝鮮に対しても何をするかわからない――。これが、今回の緊張の下地となったわけだ。

正恩氏の側にも、米国に反発して核実験をしたり、弾道ミサイルを発射したりといったカードがあるにはあるが、それは自分の身を米軍の巡航ミサイルにさらしながらのこととなる。これまで一方的に核実験とミサイル発射を繰り返し、国際社会に攻勢をしかけてきた正恩氏だが、今回は久々に守勢に立たされることになった。

米軍に頼るほかない現実突き付け対価を求めていく戦略か

そういった意味で、たとえ「カールビンソン急派」が演出だったにせよ、トランプ政権が北朝鮮にかけた圧力は本物だった。正恩氏が今後も核実験やミサイル発射を繰り返すなら、トランプ政権は何度でもこうした場面を作り出すのではないだろうか。

気になるのは、トランプ政権のこうした動きが、日韓との経済対話(貿易交渉)とリンクしてくる可能性である。トランプ氏は大統領選の期間中、「日韓は米軍駐留経費を全額払え、さもなくば撤収だ」と言っていたが、当選後はこの主張を引っ込めている。

だが、もしかしたらトランプ氏は持論を撤回したのではなく、単にもっと良い方法――北朝鮮の核の脅威と、米軍のほかに頼るもののない日韓の現実を浮き彫りにしながら、対価を求めていく戦略──を見つけただけなのではないだろうか。

そう考えてみると、「カールビンソン急派」のハッタリはやはり怪しい。米軍の駐留経費すら負担したくないトランプ氏が、何の見返りも求めず、空母打撃群を派遣するための莫大な費用を追加で支払うとは思えないからだ。

(李策)